今も心の中で光ってる言葉です。

若かりし頃、文芸小説雑誌の編集者をやっていたことがあります。(実は、タクシー会社の社長と並行してやっていたことなので、あまり大きな声じゃ言えませんが…って、もう時効ですよねー)

 

作家の方を何人か担当させて頂きました。(直木賞をとられた小川洋子さん、角田光代さんの担当もしていました。お二人はデビューしたてだったのですが、作品に惚れこんで、自ら連絡を取って担当につかせて頂きました)

 

でも、中には「ツマンナイ!」と思う作品を書かれる新人の作家も数多くいて…。
ある日、ため息をつきながら、そんな作品を読んでいたら、先輩の編集者(この方は、ギョーカイの中ではある意味カリスマ的存在で、多くの有名な作家を世に輩出しています…)から、こんな事を言われました。

 

「あのな清水(私の旧姓)、つまんない作品でも、つまんない作家でも、いい所を探してあげるんだよ。誰にでも必ず光ってる部分はあるんだ。それをうまく見つけ出して、褒めて、伸ばしてあげることが大切なんだよ」って。

 

もう、目からウロコでしたねー。

 

今でもその言葉は、いろんな場面で、私の中で繰り返され続けています。

 

来月、東京で久しぶりにその時の仲間と忘年会をする予定です。その先輩は参加しませんが、それぞれが編集者やマスコミ関係の役職について活躍しているらしいです。
18年ぶりの再会に、ちょっとドキドキですが、多分、また多くの事を教われるような気がしています。

 

 

 

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コメント(2)

こんばんは まさに我が意を得たりです。どんな駄文的文章でも一行だけ素晴らしい分言があるはずです。また この一言の為に前頁200枚を費やす事もあるかと思います。 内田さんが編集をしてた時期僕は駄文を書いてたみたいです。幼児期における絶対的読書量の不足を感じて三文文士にもなれませんでしたが、、 そこは人間、 才能\の枯渇という美語の下 なんとなく流してました。 内田さんの文に元気をもらいました


浩さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
言葉や文章ってのは、自分で紡ぎだすものと、いい作品やいろんなものから盗んでくるもので、自分らしい言葉や文章を確立させていくのだと思っています。
才能やセンスも磨かなければ光ってはこないけど、誰でも光り輝く原石は必ず持っているんです。そう思いませんか?
それにしても浩さんは、怪人二十面相みたい。(笑)
ある時は思想家、ある時は作家、ある時は海外を渡り歩く旅人…。どれもすごいです!
…で、本当の正体は?

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