死への恐怖より生きたいと気持ちが切り替わった時期         地元の産婦人科から長崎大学病院へ

地元の産婦人科から紹介状を書いてもらい、翌日には長崎大学病院を受診しました。

ひょっとしたら、大学病院の先生の見立ては違うかもしれない、ガンであることが間違いであるかもしれない...と、密かに祈りつつ受診をしましたが、やはりガンであることは確定で、その日は「子宮頸がん」か「子宮体ガン」かの確定をさせる検査と他の部位への転移を調べる検査の予約をしただけで、ガンである事実はそこに横たわったままでした。

約2週間の間、大学病院で確定診断を受けるためにした検査は次の通りです。

・血液検査

・PET

・MRI

検査結果が出たのは9月18日でした。

子宮体ガン 2期から3期。  画像で確認できる他臓器への転移はなし。 

転移がないと聞いてホッとしましたが、難しい手術になること、手術後は抗がん剤治療をすることなどの説明が続き、これまで経験したことのない領域へ自分が身を投じていくのだという不安から、仕事の事や家庭の事はどうなるのだろうということばかりが、頭の中でグルグル回っていました。

ガンとわかってから、泣いたのは最初の2日間ぐらいだったかな。
眠れない日々が続く...と言うこともなく、しっかり睡眠はとれていました。

死ぬかもしれないという恐怖は、確かに、最初の頃はありました。
来年の今頃はいないかもしれない。春の桜はもう見れないかもしれない。
娘の花嫁姿も孫の顔も、息子の高校生の姿も、もう見られないかもしれない。

一時は、そんなことばかり考えてました。

でもね、ある時思ったんです。
死ぬことを考えるより、生きることを考えようって。
人は、いや、生命がある者は、いつか必ず死を迎えます。それが早いか遅いかってだけで。

ならば、必ず訪れる死の恐怖に怯えるより、「生きたい」と強く思うことで、今を生きていこうと思いました。

ガンとの確定診断を受けてから、手術まで約1か月あったのですが、今思えば病人とは思えないくらいに、本当に精力的に動いていたと思います。
死や転移の恐怖と闘うのではなく、生きるための、生きていくための理由をたくさん並べて、自分の体に話しかけていました(笑)

もちろん家族や友人それから最初にお世話になった地元の産婦人科T先生の手厚いサポートが、手術までの不安な気持ちを和らげてくれたからこそ、生きる力がみなぎったのだと思います。

ガンになったことは、身体にとっては不幸かもしれませんが、私の人生にとっては幸せのカテゴリーに分類できる出来事だと思っています。

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コメント(2)

「爺」です・・・・・天命:運命:宿命:ですが定めもあります、
貴女は生きる力を持っております「爺」それを信じて毎日の貴女の日々の生活送り方を応援しております。

爺様、いつも応援ありがとうございます!
生きたい!って思うだけではなく、生きる理由を明確に持ち、それを天に放っています。残り2回の抗がん剤も、前向きに頑張ります。
風邪やインフルエンザが流行っているようなので、爺様もお体ご自愛下さいね。

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このページは、うちだが2016年2月21日 10:14に書いたブログ記事です。

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